シャワーを浴びなおし、服を着替えた姿で月は魅上に忠告した。
「いいか、絶対に他言無用を守れ。ミサだけじゃなく誰に対しても、僕との関係を匂わせることすら許さない。した時点でおまえを殺す」
「もちろん、わかってます」
月は魅上に腹が立って睨むように見つめていたが、ふいにこの男と情交を行ったのかと思うと、言いようのない羞恥を感じて目線をはずした。魅上は力を帯びた目で慎重に月へ視線を縫いつけたまま、抱きしめてもいいか伺いを立てるような雰囲気を醸す。月は押し黙ったままだったが、魅上はそれを許可を得たと判断し、その身体を抱きしめた。
「ありがとうございました……」
自分と肌を重ねてくれてありがとう、という感謝を魅上は述べていた。月は『ありがとうって……』となんだか言いようのない、もやもやと気持ちの悪い、歯がゆい状態になった。
「神とこれからも定期的にお会いしたいのですが……」
「……別に、今までも定期的にって言うような回数会っていたわけじゃなかっただろ。話し合いの余地があれば会っていたし、特になければ電話やメールで済む」
「弥とは同棲しているのに、何故」
「ミサとの同棲を解消しろと言うのか」
「そうではありませんが……」
魅上としては会う回数を増やしたかったのだが、月はそれをするくらいならミサとの同棲を解消し、むしろ逆に両者とも会わないと言いたげな発想をしていた。『そこまでして会いたくないのか』と魅上は思ったが、逆に月は自分のことを意識し過ぎているとも感じた。
「これまで通り、たまにでいいだろ? それに几帳面なおまえのルーチンを崩すのも気が引ける」
『これくらいの方がいい……神性を保つ意味でも、恋人のように頻繫に会うのは避けた方がいいだろう。会えないうちに勝手に僕への想いを募らせておけ』月はそのように考えながら、もう明日以降の方針について思考していた。
「別に神とのことであれば、私の生活上のルーチンは崩しますが……」
「いやに几帳面なのはおまえの才能だ。変えなくていい」
自分の病気のような部分を才能と呼んでくれる神に、魅上はますます敬愛を抱いた。この人はこういう物の考え方ができるからこそ、神となり、私を選んでくださったのだと思った。そんな人が、嫌々――私に身体を差し出す姿に昂奮した。私を棄て切れない、私を認めている。だからこそ、その上で私に寵愛の許可を出した。神との結びつきを、より強く、強固なものにしたいと思った。
今回のことで、だいたい月の身体のことはわかった。次は、もっと上手くやれるだろうと感じた。
「じゃあ帰るからな、いつも通りチェックアウトは頼んだぞ」
「仰せのままに」
魅上の昏い渇仰は、未だ本質的には月へ伝わっていないのだろうと理解する。魅上の腕からするりと抜けてゆく月の残り香を強く抱きしめ、魅上は黒目だけを月に向け、扉が閉まるのを見届けた。閉じられたあとも、しばらくは顕微鏡を覗いていたときのような念入りな目で扉を眺めながら、神の影を思いやった。
次に会うとき、神は私に抱かれるという意識で私と会うのだ。
神は美しかった。そんな美しい人が、再び、私に抱かれる。それは勲章のように感じた。
少年時代から澱のように凝り固まっていた昏い傷が、神によって快癒されてゆく、そんな魂のふるえを覚えた。
ああやはり、神は私を救ってくださったのだ。
END.
初出(pictBLand) : 2023.08.03